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明智光秀が麒麟ってどういう意味?

明智光秀大河ドラマ、「麒麟が来る」が始まった。大河ドラマと言えば、やっぱり戦国時代ってテンション上がっちゃうかも。しかし、明智光秀がなぜ麒麟麒麟って何?どういう意味なの?気になったので調べてみた。

 

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明智光秀麒麟ってどういう意味?

NHKの番組紹介によると、

王が仁のある政治を行う時に必ず現れるという聖なる獣、麒麟

応仁の乱後の荒廃した世を立て直し、民を飢えや戦乱の苦しみから解放してくれるのは、誰なのか……
そして、麒麟はいつ、来るのか?

 それから、最後にも、

明智光秀とはいったい何者なのか?
麒麟は一体、どの英雄の頭上に現れるのか……

ってことは、明智光秀麒麟ってニックネームだったとかそういうことじゃないんですね。

麒麟が来るの制作が決定したころの2018年の報道記事によると、

戦国時代の武将たちを群像劇として描く

従来とはまったく異なる新しい解釈で英雄たちを描く

とドラマの内容が発表されている。

ということは、かなり平たく言えば、麒麟が来るというのは、天下を取るのは誰か、っていう意味になるかな。

麒麟が来るの統括を務める落合氏によると、この意味の麒麟は、中国の歴史書史記」が出典で、脚本家の池端氏の提案であるそうだ。

このタイトルには、戦国時代と共通している未来が見えない閉塞した世の中に麒麟が来てほしいと願うことは、視聴者に届くのではないか、という思いがあるという。

作品タイトルの「麒麟」にはどんな意味があるのかーー。「この言葉を持ってきたのは池端さんです。中国の歴史書史記』では、王が仁(徳の一つ)のある治世を行い、穏やかな世になったとき、その王のところに現れる霊獣が麒麟なのだそうです」と落合。「今のわたしたちは、昭和、平成、令和と大きな時代の転換期にいて、戦国時代ほどではないにしろ、生きにくさを感じるし、100年後の未来が見えないという意味では、戦国時代と共通している。閉塞した世の中に麒麟が来てほしいと願うことは、視聴者にも届くのではないかと思いました」とタイトルに込めた思いを明かした。ーcinematoday.jp

ということは、穏やかな世の中を願う、という意味になるだろうか。いや、武将だから、自分こそが天下を取り穏やかな世にする、という意味だろうか。

※1/20追記

第1回の放送に麒麟について出てきましたね。番組終盤の次のセリフです。

駒:”いつか、戦が終わるって。戦のない世の中になる。そういう世を作れる人が、きっと出てくる。その人は、麒麟を連れてくるんだ。麒麟というのは、穏やかな国にやってくる不思議な生き物だよって。それを呼べる人が、必ず現れる。麒麟が来る世の中を。だから、もう少しの辛抱だ。”

明智:”麒麟か。”

==略==

明智:”旅をしてよくわかりました。どこにも、麒麟はいない。何かを変えなければ、誰かが。美濃にも京にも、麒麟は来ない”

 

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麒麟は動物園にいるキリン?

麒麟は、

王が仁のある政治を行う時に必ず現れるという聖なる獣

だそうだけれど、これは動物園にいる首の長いキリンとは別物なのか。

日本大百科全書によると、

中国古代の想像上の動物。単に麟ともよぶ。またとくに雄を麒、雌を麟というともいわれ、竜、鳳凰(ほうおう)、亀(かめ)とともに四霊獣の一つとされた。初めは鹿(しか)に似た一角獣であったが、しだいに神秘的な要素を加えて複雑怪奇な姿になった。牛の尾、馬の蹄(ひづめ)、五色で彩られた体をもつ麒麟は、翼を広げてよく飛び、武器であるその角(つの)は先端が肉で覆われているため、相手を傷つけることがないとされた。そのため「麟は仁獣(じんじゅう)なり、王者あれば則(すなわ)ち至る」といわれ、聖天子の治世に限って出現する瑞獣(ずいじゅう)とされた。この麒麟像の形成には、西方世界からの影響があったとされるが、普通キリンとよばれているアフリカ生息のジラフとは、直接の関係はない。[伊藤清司

こんな感じかな。


御朱印帳 大河ドラマ「麒麟がくる」 蛇腹タイプ かっこいい 麒麟 明智光秀 朱印帳 集印帳

というわけで、麒麟は中国の想像上の動物で、動物園のキリンとは別物。

ではなぜ、ジラフがキリンと呼ばれることになったか?

明治時代の1907年、上野動物園の園長さんだった石川千代松さんが、予算よりずっと高額だったジラフ、中国の霊獣の麒麟だと国に嘘をついて購入したから、だそうである。

 

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まとめ

大河ドラマ麒麟がくる」の麒麟は、穏やかな世に現れるという中国の想像上の動物。生きにくい世の中に穏やかな世が来てほしいという戦国時代と現代の人々の共通する願いであろう意味の言葉として採用された。